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岩槻人形の歴史と特徴!人形の東玉岩槻総本店の雛人形、五月人形で子供のお祝いをしよう

女の子の雛人形、男の子の五月人形をご検討中のご両親へ。岩槻人形をご存知でしょうか。初めて聞く方も、名前は聞いたことがあるという方もいらっしゃるでしょう。この記事では、岩槻人形の歴史と特徴、そして岩槻人形を購入できる、人形の東玉岩槻総本店の雛人形、五月人形をご紹介したいと思います。

岩槻人形の歴史と特徴

人形の東玉
昭和40年頃の人形の東玉(公式サイトより引用)

雛人形や五月人形を購入するなら、歴史と伝統のある岩槻人形がおすすめです。その理由についてご説明します。

岩槻とはどんな所なのか?

岩槻が歴史上に登場するのは、室町時代です。長禄元年(1457年)太田道灌公が関八州の北の砦として岩槻城を築きました。そのときが、岩槻の城下町としての発展の幕開けです。

慶長8年(1603年)徳川家康が江戸に幕府を開いてからは、岩槻は江戸近郊の城下町として、また日光御成街道の宿場町として賑わいました。岩槻城は、江戸幕府の要所として、代々徳川氏の譜代大名が城主となり統治しました。

明治4年(1871年)廃藩置県に伴い岩槻藩は岩槻県となり、さらに浦和・忍・品川・小管の4県を合併して埼玉県となり、初の県庁が岩槻に置かれました。その後、県庁は浦和に移りましたが、岩槻がいかに重要な場所であったかということがわかります。

その後、岩槻市となり、平成17年(2005年)に、さいたま市と合併し、さいたま市岩槻区となり、現在に至ります。

岩槻人形とは?

約370年前の寛永年間(1634年~1647年)三代将軍の徳川家光が、日光東照宮の造営に当たって、全国から優れた工匠を集めました。当時の岩槻は、日光御成街道の江戸を起点とした最初の宿場町として繁栄していました。

それゆえ、工匠の中には、岩槻に住み着いたものが多くいました。その工匠たちが、付近に数多く植えられていた桐を使って箪笥などを作り始めました。その技術が、後の人形作りの技術へとつながっていったのです。

元禄10年(1697年)京都堀川の仏師恵信が岩槻で病に倒れたのですが、当時の岩槻藩主小笠原長重の藩医の治療を受けて回復後も岩槻にとどまりました。その折、付近で産出される桐粉に着目し、しょうふ糊で練り固めて人形の頭を作り始めたと言われています。

恵信の残した桐塑頭(とうそがしら)の技法は、藩の武士や農家の人々によってその後も受継がれ、幕末には岩槻藩の専売品に指定されるほど重要な産業となり、今日にまで受け継がれてきました。

桐塑頭(とうそがしら)の技法は、桐粉をしょうぶ糊で固めたものに筋彫りをして、そこに布地をきめこんで作る江戸木目込人形の技法へとつながっていきます。

江戸木目込人形の技法は、元文年間(1736~1740)に京都上賀茂神社に仕える人が祭事に使う柳の木で作ったのが始まりだといわれていて、最初は賀茂人形と呼ばれていたのですが、やがて江戸木目込人形と呼ばれるようになりました。

現在、江戸木目込人形と衣裳着人形を総称した岩槻人形は、経済産業大臣から伝統的工芸品として指定され、岩槻は生産量・生産額とも日本一の人形の町となっています。

岩槻人形には、江戸木目込人形と衣裳着人形があります。江戸木目込人形の特徴は、ころんとした輪郭と穏やかな表情がかわいいことと、全体にコンパクトで子供っぽいデザインであることです。

衣裳着人形の特徴は、細面の輪郭と高貴な雰囲気が美しい伝統的な造りであることと、豪華絢爛に彩られた美しい十二単姿をまとって、大人っぽいデザインであることです。

人形の東玉岩槻総本店の雛人形、五月人形で子供のお祝いをしよう

岩槻人形を実際に購入するなら、人形の東玉岩槻総本店がおすすめです。雛人形や五月人形などが豊富に取り揃えられています。

人形の東玉岩槻総本店をおすすめする理由

人形の東玉は、江戸嘉永5年(1852)創業という歴史ある商店です。創業から今日に至るまで、初代東玉 戸塚隆軒より受け継いだ人形づくりの伝統技術と心を守り続けています。そして、岩槻総本店の売場は日本有数の面積があります。

伝統的なタイプからモダンなかわいらしい人形まで豊富な品揃えです。人形作家・職人による細かい技や想いから商品を選ばれるお客様もたくさんいます。人形の東玉ではどんな人形を選んだら良いか親切にお答えしてくれます。

店舗に来店できない方のために、オンラインショップも行っています。人形の東玉公式サイトでは、実際に店舗に足を運ばなくても来店した気分になれるように、 店舗同様に豊富な人形の表情や作りなどをご覧になれます。

東玉では、雛人形、五月人形、羽子板、破魔矢などを取り扱っています。

雛人形

雛人形

ひなまつりで使う桃の花には邪気を祓う魔除けの信仰があり、無病息災と成長を祈るという思いが込められています。また内裏雛が仲睦まじく並ぶ様子は、長い歴史の中で日本人が理想としてきた夫婦の姿を現しています。

東玉ではひなまつりのお祝いを楽しんでいただくことを第一に、「幸せのかたち」を飾る喜びをご提供します。

五月人形

五月人形

今から500年以上前の平安時代から始まった端午の節句。甲冑を飾る理由は、武士が戦前に自身の安全祈願のため、神社に参拝する際に鎧や兜を奉納したことが由来です。

男の子が病気・事故など悪災から守るお守りとしての想いが込められています。東玉では端午の節句を楽しんで頂くと共に、「健やかな成長への願い」を飾る喜びをご提供します。

羽子板

羽子板

邪気をはね(羽根)除けるという意味合いを持つ羽子板は、室町時代から女児の誕生を祝う贈り物として大切にされてきました。初正月のお飾りとしてはもちろん、ひな祭りにも一緒にお飾りください。

破魔矢

破魔矢

天智天皇時代、年の初めに豊作を祈って行われた弓射の儀式が破魔弓のルーツです。魔を打ち払い健康と出世を叶えてくれると信じられています。初正月のお飾りとしてはもちろん、端午の節句にも一緒にお飾りください。

まとめ

子供の健やかな成長を願うために、女の子の雛人形や、男の子の五月人形を探しているパパやママには、歴史があり、現在も生産量・生産額とも日本一の人形の町である岩槻人形をおすすめします。

実際に購入をご検討する際には、江戸嘉永5年(1852)創業という歴史を誇り、日本有数の面積を持つ、人形の東玉岩槻総本店をご覧になるのがよいと思います。できれば店舗を訪れるが望ましいです。

遠方の方やお忙しい方は、人形の東玉公式サイトでご覧になって、オンラインで購入することもできます。

雛人形や五月人形を購入するのは、人生において1~2回が平均です。お値段も決して安いものではありません。 ですから、購入を検討されるときは、ご両親と相談しながら慎重に選んでいただくことをおすすめします。

人形の東玉では、総合カタログが用意されているので、まずは総合カタログを取り寄せて、ご検討なさるのがよいと思います。

ポイント

サイト情報をご紹介しておきます。詳細は、人形の東玉 をクリックしてご覧ください。

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